Re:sound
世界の入り口に立った日 冬の空気が、少しだけ刺すように冷たかった。駅前の広場ではイルミネーションが点灯し、行き交う人たちが忙しなく年末の空気を運んでいた。 彼女から連絡が来たのは、ちょうど放課後のチャイムが鳴り終わった頃だった。 「今日、話せ…
ひとつの歌が、会場の空気を書き換える サビに入った瞬間、世界が反転したかのようだった。 体育館の全員が息を呑み、スマホを構えていた手をゆっくり下ろす。 「……すげぇ……」 誰かが漏らした声が、静寂のなかで鮮明に響いた。観客が“見る”ことすら忘れて、…
体育館の前に生まれた“異様な列” 体育館の外には、開場前だというのに長蛇の列ができていた。文化祭のバンドイベントで、ここまで人が集まったことなど一度もない。校門を越えて道路まで伸びるその列は、まるでプロミュージシャンのライブのようだった。 「…
文化祭が終わった翌日。 学校はまるで昨日の熱気をそのまま抱えたように騒がしかった。 廊下を歩くだけで、あちこちからひそひそ声が聞こえる。 「昨日のステージ、やばかったよね!」「動画の子って、あのボーカルなんだろ?」「名前、なんて言うんだろ……」…
文化祭当日の朝、学校の空気はいつもよりざわついていた。 校舎の入口には装飾が飾られ、どこからかポップコーンの甘い匂いが漂ってくる。 けれど、僕の胸の中は静かではなかった。 緊張で手が汗ばみ、ギターケースの取っ手が妙に重く感じる。 今日は――本番…
文化祭まで、残り七日。 教室の窓から見える空は澄んでいるのに、胸の奥は重く沈んでいた。 “まだ決められない” 美咲のあの言葉が、頭から離れなかった。 携帯を開いても、彼女からの返信はない。 昼休みになっても、食欲がなかった。 「大丈夫?」 沙耶がサ…
文化祭まで、あと十日。 なのに――ボーカルはいない。 美咲の存在は、もう誰にも代えられなかった。 あの声を聴いたあとでは、代役を探すという選択肢は完全に消えていた。 僕らは、もう一度本気で話をする必要があった。 でも、彼女の返事はまだ“保留”。 僕…
昨日、彼女――美咲が突然、音楽室の扉を開けた。 そして歌った。 あの声で。 あれが夢だったんじゃないかと思うほど、現実感がない。 僕は朝起きた瞬間からずっと胸が熱くて、妙に落ち着かないままだった。 登校中、イヤホンであの曲のデモ音源を何度も聴き返…
放課後の音楽室は、少し埃っぽい。 古い譜面台の影、壁に立てかけられたギター、 叩かれ過ぎて皮が少しへこんだスネア。 そんな場所に、僕たち四人だけの音が響いていた。 「ワン、ツー、スリー、フォー!」 瀬古のドラムが刻むテンポに合わせ、 羽生がベー…
次の日の昼休み。 チャイムが鳴ると同時に、沙耶が僕の席に突っ込んできた。 「行くよ」「行くってどこに?」「メンバー探しに決まってるでしょ!」 僕が弁当を開こうとする前に、腕を引っ張ってくる。 「弁当は?」「食べながらでいいってば。時間ないの」 …
その日は、特別な予定はなかった。 父親に頼まれた買い物を済ませ、なんとなく帰る気になれず、僕は海沿いの広場で開催されている小さな野外フェスに立ち寄った。 夏の終わりの風が、湿った空気をゆっくり抱いて流れていく。ステージでは地元バンドが気怠い…
あの日、あの音を初めて聞いた瞬間のことを、僕はいまでも覚えている。冷たい風が吹き抜ける公園のベンチで、イヤホンの中から流れ出した歌。少女の声だった。透明で、どこか哀しくて、でも不思議と優しかった。 その声は、冬の空気よりも静かで、どんな派手…