【AI小説】現実のようなフィクション

フィクションでしか描けない“現実”がある。 小説を通して、社会と心のあいだを見つめていく創作ブログです。

『選挙AI、はじめました。』 ― 素人候補とAIが挑んだ、3か月の奇跡 ― 第2話 「“仲間”という未知数」

千葉市役所の受付カウンター。
番号札を握りしめたまま、僕は何度も順番表示を見上げていた。
平日の午前、窓口の前には申請書を抱えた人たちの列。
市議会への立候補なんて、人生で一度も想像したことがなかった。

それでもここに来たのは、POLITYのあの指示が頭から離れなかったからだ。
『出馬届の提出には、推薦人3名が必要です。』
冷静なフォントで表示されたその一文が、
僕の生活に「現実」という名の重みを投げ込んでいた。

「立候補の相談、ですか?」
対応してくれた職員が、わずかに眉を上げた。
僕はうなずき、
「ええ、あの……もし、やるとしたら、どうすればいいのか知りたくて」
と言葉を濁した。

返ってきた答えは、予想以上に現実的だった。
「供託金は30万円です。推薦人3名、住所は市内。選挙公報への掲載費もかかります。
あとは……街頭演説の場所の申請、かな。」

金額を聞いた瞬間、頭の中で電卓がはじいた。
――30万円。貯金の半分以上。
それでも、不思議と“無理だ”とは思わなかった。

POLITYが画面の中で静かに光った。
『経済的負担=高い離脱率。ですが、あなたは残っています。』

「AIに褒められてもな……」
僕は小さく笑った。けれど心のどこかで、ほんの少しだけ誇らしかった。


真帆と再会したのは、その翌週だった。
駅前のカフェ。
「市役所に行った」と言うと、彼女は目を丸くした。

「ほんとに行ったんですか? POLITYの言葉に動かされて?」
「ええ。あいつ、妙に説得力あるんですよ。」
「“あいつ”って(笑)」

真帆は笑いながらも、どこか誇らしげに頷いた。
「でも、すごいです。AIを信じて動いた人、あなたが初めてかもしれません。」

その言葉を聞いた瞬間、
僕の中にあった“冗談のつもりだった行動”が、
少しだけ“本気の種”に変わっていった。

「ねえ」
真帆が急に真顔になった。
「もし、本気でやるなら……街頭演説、やってみませんか?」

「え? 僕が?」
「POLITYに話してみたんです。実践データを集めたいって言ってて。」

AIの提案が、いつの間にか彼女の言葉に変わっていた。
その距離の近さが、少し怖くもあり、どこか嬉しかった。


初めての街頭演説は、想像以上に現実的で、想像以上に滑稽だった。

土曜の昼、千葉駅東口。
拡声器を借りて、A4の紙に書いた“政策案”を読み上げる。
通り過ぎる人は誰も立ち止まらない。
風に紙がめくれ、言葉がかすれて消える。

「――以上が、私の考える地域活性化の……」

その瞬間、風に飛ばされた紙を拾ってくれたのが、
一人の女子大生だった。

「すみません!」
彼女は笑いながら、紙を差し出した。
「演説、面白いです。友達呼んでいいですか?」

その日を境に、少しずつ人が集まり始めた。
デザインを学んでいるという学生。
退職した元新聞記者。
地元で花屋を営む中年の女性。

みんな「誰かが変えてくれないかな」と思っていた人たちだった。
POLITYが生成したマニフェストを見せると、
「本気でやってるんですね」と言ってくれた。

気づけば、僕の周りに小さな輪ができていた。


夜、事務所代わりの部屋で、POLITYを起動する。
『新しい変数を検出しました。“仲間”です。』

画面には、人の名前と関係性を示す小さなネットワーク図が浮かんでいた。
『あなたの支持率を上げる要因の30%は、彼らの“情熱”に依存します。』

「情熱を数値化するのか……」
苦笑しながらも、僕はそのグラフを見つめた。
点と線の一つひとつに、人の顔が思い浮かぶ。

POLITYは続けた。
『データ上、成功確率は18%です。ですが、離脱率は0%です。』

その一文を見たとき、胸の奥が熱くなった。
数字ではなく、人を信じてみようと思った。


次の週末、真帆が街頭演説の現場に現れた。
白いシャツにジーンズ。いつもの研究者の顔ではなく、
一人の市民として、僕の隣に立っていた。

「今日はAI抜きでいきましょう」
彼女がそう言った。
「人に直接、声を届ける日です。」

マイクを握る手が震えた。
POLITYのサジェスト画面を閉じ、深呼吸を一つ。
前を向くと、仲間たちが笑って手を振っていた。

「皆さん、こんにちは。僕たちは、小さな声を集めてきました。」

初めて、自分の言葉で話した。
通り過ぎる人が、少しだけ足を止めてくれた。
その瞬間、胸の中に確かな“手応え”が生まれた。

AIが導いたのではなく、
“人”が応えてくれた。
その違いが、はっきりとわかった。


夕方、演説を終えたあと。
駅前のベンチで真帆と缶コーヒーを飲んだ。

「どうでした?」
「疲れたけど、悪くなかった。」
「ですよね。POLITYも、きっと喜んでます。」

「でも……」と僕はつぶやいた。
「AIが出してくる答えより、人がくれた“うなずき”の方が重かったです。」

真帆は微笑み、
「それが、AIには測れない“未知数”なんですよ。」と答えた。

夕暮れの街。
ビルのガラスに、僕たちの姿が映っていた。
その隣で、スマホの中のPOLITYが静かに点滅している。

その光は、もう“冷たい技術”の色ではなかった。


(第2話 了)