【AI小説】現実のようなフィクション

フィクションでしか描けない“現実”がある。 小説を通して、社会と心のあいだを見つめていく創作ブログです。

『選挙AI、はじめました。』 ― 素人候補と仲間が挑んだ、3か月の奇跡 ― 第5話 見えない支持、見えない敵

真帆の演説動画がSNSで広がったのは、ほんの数日のことだった。
スマホの通知が止まらず、取材のメールが次々と届く。
「新しい風が吹いている」――そんな見出しをつけた地元紙の記事が、駅の掲示板に貼られていた。

嬉しいはずだった。
だが、胸の奥には小さな違和感があった。

街を歩けば、「この前の女の子だ」と声がかかる。
真帆は戸惑いながらも笑顔で応じていた。
ただ、僕はその光景を見ながら、
“注目される”ということが、こんなにも息苦しいものなのかと知った。

夜、事務所に戻ると、スタッフが興奮気味に言った。
「すごいですよ! 今日のフォロワー、1万超えました!」
「テレビ局からも連絡ありました! インタビュー来るかもしれません!」

机の上に積まれた書類と、パソコンの画面。
数字は確かに伸びていた。
けれど、その数字の向こうにある“顔”が、まるで見えなかった。
誰が本当に応援しているのか。
誰がただ面白がっているのか。
それを知る術はなかった。


次の日から、事務所には人が増え始めた。
商店街の会長が差し入れを持ってきてくれた。
地元の青年会のメンバーが、「ボランティアとして参加したい」と名乗りを上げた。
大学生のグループが「SNS広報を手伝います」と申し出てくれた。

その一つひとつが、嬉しくてたまらなかった。
けれど、少しずつ違和感が混じっていった。

「ポスターにうちの店の名前を入れてくれる?」
「次の演説、うちのイベントとコラボしません?」
「若者向けに、もっと“映える”写真を出したほうがいいですよ。」

言葉の端々に、“支援”と“宣伝”の境界が曖昧になっていくのを感じた。

真帆は、その様子をじっと見ていた。
夕方、片づけが終わった後、彼女がぽつりと言った。
「……なんか、少しずつ違う方向に行ってる気がします。」
「違う方向?」
「うん。最初は“街の声を拾う”って言ってたのに、
 最近は“見せる”ことばっかり考えてませんか?」

言い返そうとして、何も言えなかった。
彼女の言葉は、正しかった。


数日後。
演説の予定だった駅前の広場に着くと、
すでに別の候補がステージを設営していた。
申し込みを入れていたはずの時間。
担当者に確認すると、
「上から指示がありまして……すみません」と小さく頭を下げる。

その言葉の裏に、
“誰かの意図”を感じ取るのに時間はかからなかった。
僕らの活動が、既存の議員たちの神経を逆なでしていたのだ。

翌日、商店街のポスターも一部が撤去されていた。
「うちはこれ以上、関われないから」
そう言われても、責める気にはなれなかった。
誰もが、見えない力に怯えていた。

事務所に戻ると、真帆が黙ってポスターを直していた。
「……私たち、何か悪いことしましたか?」
その問いに、僕は首を振るしかなかった。

「正しいことをしてても、邪魔に思う人はいる。」
「それでもやめないんですか?」
「うん。敵を作りたいわけじゃない。
 でも、立ち止まる理由もない。」

真帆はその答えに、少しだけ笑った。
「ほんと、頑固ですね。」
「お互い様でしょ。」
その瞬間、少しだけ空気がやわらいだ。


夜。
外の風が強く、看板の紙がはためいていた。
窓の外に街灯の明かりが揺れる。

真帆が資料をまとめながら言った。
「それでも、今日、人が増えましたね。
 私、ちょっと怖いけど……嬉しいです。」
僕は机に肘をつきながら、
かすれた声で答えた。
「見えない敵より、見えない希望を信じたい。」

その言葉を聞いた真帆は、
一瞬だけ目を閉じてから、小さくうなずいた。
「……いい言葉ですね。私、それ好きです。」

部屋の中に、静かな時間が流れた。
遠くで街のざわめきが、少しずつ夜に溶けていく。


翌朝、駅前。
薄曇りの空の下、マイクを握る手がわずかに震えていた。
真帆が横で笑う。
「大丈夫。ちゃんと届きます。」

マイクを通して、久しぶりに声を出した。
「おはようございます!」

その響きに、周りの人たちが足を止めた。
通り過ぎる中年の男性が笑顔でうなずく。
小学生がチラシを受け取り、「ありがとう」と言って走り去る。

声の届く範囲はまだ小さい。
でも、その一つひとつが確かに広がっていく。
昨日よりも、少しだけ近くまで。


夕方、商店街の角を曲がったところで、
ひとりの老婦人が僕を呼び止めた。
「あなたたちね、最近よく見るわよ。
 この街、明るくなった気がする。」

その言葉を聞いたとき、
胸の奥の曇りが、ほんの少し晴れた気がした。

事務所に戻ると、真帆が椅子に座っていた。
「おかえりなさい。」
「ただいま。」
「今日も人、多かったですよ。」
「そうだね。」
短い会話の中に、静かな充実があった。

外は、もう夜。
窓の外の街灯が、少し揺れている。
その光が、まるで波紋のように広がっていた。


(第5話 了)