【AI小説】現実のようなフィクション

フィクションでしか描けない“現実”がある。 小説を通して、社会と心のあいだを見つめていく創作ブログです。

Re:sound 第9話 世界が動いた日 ― 文化祭ライブと火のついた風(後半)

ひとつの歌が、会場の空気を書き換える

サビに入った瞬間、世界が反転したかのようだった。

体育館の全員が息を呑み、
スマホを構えていた手をゆっくり下ろす。

「……すげぇ……」

誰かが漏らした声が、静寂のなかで鮮明に響いた。
観客が“見る”ことすら忘れて、聴き入ってしまっていた。

音が、彼女の声を押し上げる。
彼女の声が、俺たちの音を導く。

まるで、
最初からこの5人で演奏することが決まっていたような一体感。

2番に入る頃には、俺たちの名前が決まったようなものだった。

別に、バンド名なんてなかったけれど。
今日のこの瞬間に限って言えば、
誰もそんなこと気にしていなかった。

ただ、「この声を聴きたい」という衝動だけが、体育館を支配していた。

歓声は、歌い終わってしばらくしてから起きた

曲が終わる。

余韻が広がり、誰も動かない。

「……っ、すごい……」

最初の拍手は、小さく、震えていた。
だけど、次の瞬間には爆発したように広がった。

歓声。
拍手。
叫び声。
泣いている人までいた。

彼女は、少し驚いたように目を見開いた。
まるで“自分がこんな反応をもらえるなんて”と思っているように。

俺たちも同じ気持ちだった。

このライブは、文化祭の枠を完全に飛び越えてしまった。

楽屋に戻った瞬間、現実が押し寄せる

控室に戻ると、スマホが一斉に通知を鳴らし始めた。

「おい、これ……ヤバくない?」

甲斐が震えた声を出しながら画面を見せてくる。

SNSのトレンドに、

#謎の少女
#文化祭ライブ
#Re:sound?(なぜか誰かが勝手につけた)
#あの声の主

が並んでいた。

動画の切り抜きが数十万再生。
コメント欄では“プロですか?”“鳥肌立った”のオンパレード。

遥が顔を覆った。

「ちょっと待って、これ……学校どうなるの……?」

俺は彼女を見る。

「……驚いてる?」

「うん。……ちょっとだけ」

小さく笑ったが、目はまだ震えていた。
これだけの反響を一度に浴びて、平気でいられるわけがない。

だけど、その震えは恐怖だけではなく、

どこか希望のようなものも混じっていた。

次の日、スカウトが学校に来た

文化祭の翌日。
俺たちの教室は“事件現場”みたいにざわついていた。

「絶対あの子だよな?」
「うちの学校の生徒ってマジ?」
「教室どこ?何組?」
「会ってみたい!」

そんな声が飛び交うなか、甲斐が駆け込んできた。

「おい!!玄関にスーツの人らが来てる!音楽事務所らしい!!」

「……嘘だろ」

「マジ。しかも複数社」

全員が一斉に俺を見る。
俺だけが、彼女の連絡先を知っているからだ。

そこでスマホが震えた。

彼女から。

「……今日、会えないかな。少しだけ話したい」

胸が熱くなる。
もしかしたら、この瞬間もまた――
彼女の人生の分岐点なのかもしれなかった。

音楽準備室で、彼女は言った

放課後の音楽準備室。
夕日が差し込む中、彼女はギターを膝に置いて座っていた。

「今日、何社か話を聞いたの」

「……そっか」

「でも、まだ決められない。正直、怖いし」

当然のことだ。
昨日まではただの“歌うのが好きな子”だったのに。

「でもね」

彼女は窓を見上げた。

「今まで……歌っても誰もちゃんと聞いてくれなかった。
でもフェスのとき、そして昨日……。
あんなふうに自分の声が届くなんて思ってなかった」

ゆっくりと、こちらを向いた。

「だから、もう少しだけ歌ってみたい。
自分の声が、どこまで届くのか知りたい」

その言葉を聞いた瞬間、胸が震えた。

「……応援するよ。ずっと」

彼女は微笑んだ。
それは、昨日のライブのどんな歓声よりも、
俺の心を強く揺らした。

“世界の歌姫”になるまでの最初の一歩

その後の展開は、まるで風が押してくれるように早かった。

数社からの正式スカウト。
デモ録音。
動画の再バズリ。
オリジナル曲制作の誘い。

彼女は見違えるようなスピードで階段を上り始めた。

だけど、俺は知っている。

最初に風を起こしたのは――
あの日のあの声。
あの文化祭のステージだった。

その風は、
まだ小さい。
でも、確かに吹き始めていた。

そしてこの瞬間、
俺ははっきりと理解した。

彼女は世界に行く。

俺たちがあの日、体育館で目撃したあの歌――
あれは、始まりにすぎなかったのだ。