【AI小説】現実のようなフィクション

フィクションでしか描けない“現実”がある。 小説を通して、社会と心のあいだを見つめていく創作ブログです。

Re:sound 最終話 それでも、歌は世界へ行く

世界の入り口に立った日

冬の空気が、少しだけ刺すように冷たかった。
駅前の広場ではイルミネーションが点灯し、
行き交う人たちが忙しなく年末の空気を運んでいた。

彼女から連絡が来たのは、
ちょうど放課後のチャイムが鳴り終わった頃だった。

「今日、話せる?」

短いメッセージだったけれど、
胸の奥が妙にざわついた。
いい話なのか、そうじゃないのか――そのどちらでもない、
もっと大切な話のような気がしていた。

俺たちは、文化祭のステージから考えられないほど
急速に世界の“入口”に近づいていた。

彼女の歌声を聴いたスカウトは10社以上。
そのうち3社は大手レーベル。
いずれも「すぐにデビューさせたい」という旨を伝えてきた。

でも――
彼女はまだ迷っていた。

だから今日の話は、
きっとただの進路相談ではない。
何か、大切な決断の予感がしていた。

夕暮れの音楽準備室

「入るね」

扉を開けると、彼女はひとりで椅子に座っていた。
ギターケースを抱え、控えめな表情でこちらを見た。

「来てくれて、ありがとう」

夕日が斜めに差し込み、
その横顔を淡いオレンジ色に染めていた。

「今日は……大事な話があるの」

胸の奥が、少しだけ跳ねた。

「実はね、決めたんだ」

ギュッと握った拳が膝の上で震えている。
その震えが何を意味しているのか、まだわからない。

「来年、デビューすることにした」

言葉は静かだった。
でも、その声はしっかり前を向いていた。

「ほんとは、まだ怖いよ。
知らない世界に行くのも、
たくさんの人に見られるのも、
全部、全部こわい」

俯いた彼女の肩が小刻みに揺れた。

「でもね……」

顔を上げる。
その目は涙を含んでいたけれど、決して曇ってはいなかった。

「あの日、文化祭で歌ったとき……
みんなが聴いてくれた時……
あ、わたし、やっていいんだ、って思ったの」

胸が熱くなった。
俺が何かをしたわけじゃないのに、
その言葉に救われたのは俺の方だった。

「君の声は、届くよ。どこまでも」

自然と口に出た。

「ありがとう。
最初に、あの日の動画を褒めてくれたの……君だったから。
あれ、ほんとに嬉しかった」

思ってもみなかった言葉だった。
たった一言の言葉が、誰かの人生を動かすことがある――
それを初めて実感した瞬間だった。

それぞれの道へ

「ひとつお願いがあるの」

彼女はギターケースを開けた。
中には、文化祭の前日に必死で買い替えた
新しいアコースティックギター

「これ、君に持っていてほしい」

「え?なんで?」

「だって、これ……あの文化祭の日、
君の『頑張れ』があったから弾けたんだもん。
これはあの日の証拠だから」

そう言って笑う彼女は、
もう“謎の少女”ではなかった。
どこにでもいる普通の高校生でもなかった。

ひとりの“アーティスト”になっていた。

「いいのか、これ。大事なギターだろ」

「うん。だからこそ、君に」

ギターを抱えた瞬間、
指先が少し震えた。
重さは軽いのに、
意味はとんでもなく重かった。

「わたし……必ず帰ってくるから。
もし世界に行っても、帰る場所はここだから」

胸の奥が熱くなって、言葉が出なかった。

彼女は小さく笑った。

「だからさ、君も……行ってきてよ。
君の音を探す旅に」

「俺の音……?」

「そう。みんな、誰かの音を持ってるでしょ?
君にも絶対あるよ。
誰かを動かす音が」

涙腺が熱くなる。
こんな言葉、反則だ。

日常へ戻るはずだった朝に

デビューを決めたその夜、
彼女から届いたLINEは短かった。

「今日はありがとう。
次に会うとき、ちゃんと“アーティスト”として紹介するね」

次の日、学校は驚くほどのざわめきに包まれた。

文化祭の動画は100万再生を突破。
音楽番組の公式アカウントまでもが
“あの謎の少女を探しています”と呟いた。

そしてついに――
夕方のニュースで、彼女のデビューが正式に報じられた。

“高校生シンガー・HARU(仮名)デビュー決定”
“文化祭で歌った歌声が世界へ”

クラスメイトたちが一斉にスマホを見ながら興奮していた。

その中心に、彼女の姿はなかった。

彼女は、もう“ここの日常”を卒業していた。

世界へ

3月。
俺は駅のベンチに座っていた。
冷たい風が吹き抜け、電車の発車ベルが響く。

「じゃあ、行ってくるね」

大きなトランクと、
ケースに入ったギターを背負った彼女が立っていた。

「帰ってくるよ。ちゃんと。
デビューしたら、文化祭の次は……もっと大きなステージで歌うから。
そのときは、絶対聴きにきてよ」

「もちろんだよ」

彼女の笑顔は、あの日、
路上フェスで歌っていた少女のままだった。

電車のドアが開く。
彼女は一歩踏み出した後、振り返った。

「ありがとう。
君が最初の“聴き手”でよかった」

ドアが閉まり、
電車がゆっくりと動き出す。

彼女は窓越しに手を振り、
その姿は遠ざかっていった。

未来へ響く音

彼女の電車が見えなくなったあとも、
風の中には確かに“あの日の歌声”が残っていた。

俺はそっとギターケースに触れた。

これは、彼女が残した音。
そして――
これから俺が見つけるはずの音。

Re:sound。
響きは戻り、また新しい響きを生む。

彼女の歌は世界へ行く。
だけど、物語はまだ終わらない。

俺たちの音の旅は、
これから始まるのだから。


―― 完 ――