【AI小説】現実のようなフィクション

フィクションでしか描けない“現実”がある。 小説を通して、社会と心のあいだを見つめていく創作ブログです。

『The Last Pitcher ― あの日、天才が現れた ―』 第10話最終話 さよなら日本、そして――最後の一球

夏の朝は、いつもよりまぶしく見えた。
 蒸し暑い空気、遠くから聞こえるセミの声。
 胸の奥で、何かがゆっくりと膨らんでいく。

 ――今日で終わるんだ。

 この夏が。
 このチームが。
 そしてレオの、高校野球の時間が。

 地区大会・決勝戦
 勝てば甲子園。
 負ければ、すべてが終わる。

 けれど俺たちは知っていた。
 “終わらせるわけにはいかない” ということを。


■ レオ、復帰。

 試合開始二時間前。
 球場の裏の通路。
 レオはゆっくりと歩いてきた。

 白いユニフォームに袖を通し、
 胸には「KITASEN」の文字。

 その姿を見た瞬間、
 俺の喉が詰まった。

「レオ……!」

 彼は笑った。
 昨日までの苦しい表情じゃない。
 覚悟を決めた人間の、静かな笑顔だった。

「颯。
 俺、投げるよ」

「……大丈夫なのか?」

「分からない。
 でも、医者にも監督にも言った」

 レオは胸に手を当てた。

「――“この夏だけは、俺に夢を見させてください”って」

 涙が滲んだ。
 こんな言葉、反則だろ。

 監督はしばらく沈黙した後、ただ一言。

「……自分の責任で投げろ。
 その代わり、絶対に無茶はするな」

 レオは深く頷いた。

「はい」

 その瞬間、北泉は“本当のチーム”になった。


■ 決勝戦――王者・東修館高校

 球場は満員だった。

 鳳凰学院戦を超える観客、
 ネットニュースを見て集まった地元の人、
 そして全国から駆けつけた報道陣。

 外野席には横断幕が揺れている。

〈北泉、奇跡を起こせ!〉
〈レオ、伝説を見せろ〉

 アメリカの記者まで来ていた。
 マスコミは完全に“時代の目撃”をしに来ていた。

 対する相手は千葉の絶対王者、東修館。
 選手一人ひとりが鍛え抜かれた強者で、
 この十年間で七度の甲子園出場を誇る。

 監督はつぶやいた。

「勝つには――レオが必要だ」

 そんな言葉、言われなくても分かっている。


■ 試合開始

 先発は……もちろん、レオ。

 背番号「18」。
 普段は控え投手の番号だが、
 今日だけは彼のために用意された特別な番号だった。

 マウンドに立ったレオを見て、
 東修館の選手たちがざわつく。

「マジか……本当に投げるのか……」
「昨日まで倒れてたって聞いたぞ」
「でも……フォームがエグい」

 レオは深く息を吸い込み、
 初球を投じた。

 ――“ズバァンッ!!”

 キャッチャーミットが悲鳴を上げる。
 球速は 152km/h。

 球場がどよめいた。

 東修館の一番バッターは、完全に振り遅れた。

 二球目、三球目。
 レオは躊躇なく全力ストレートを投げ込む。

 三球三振。

 俺たちは知っていた。
 この瞬間――レオは“限界を超えた”のだと。


■ しかし、身体は限界に近づいていた

 4回、5回とレオは完璧だった。
 東修館打線をノーヒットに抑え、
 奪三振の数は二桁に迫る。

 しかし6回表。
 投げた瞬間、レオの身体がわずかにのけぞった。

(まずい……!)

 キャッチャーの村上も気づいた。
 マウンドに駆け寄る。

「レオ、お前……!」

「まだいける……大丈夫……」

 大丈夫なはずがない。
 息は荒く、指先は震えている。

 だがレオは呟いた。

「颯……頼む。
 あと……あと少しだけでいい」

 その声は弱い。
 でも、気持ちは誰よりも強かった。

 監督は迷った。
 しかし――

「レオ。
 あと一回だけ投げろ。
 それで交代だ」

 レオは小さく頷いた。


■ そして――最後の一回

 7回表。
 東修館の四番、千葉県が誇るスラッガーが打席に立つ。

 観客席は総立ち。
 マスコミのカメラが一斉にレオに向けられた。

 ――レオの“最後のマウンド”。

 一球目。
 ストレート、152km/h。
 ギリギリファウル。

 二球目。
 外角へスライダー。
 ボール気味のところをスラッガーが捉えかけるが、これもファウル。

(三振で終わらせたい……!)

 三球目。
 レオは真ん中へストレートを――
 投げ込んだが、

 その瞬間――
 レオの膝が崩れた。

「レオッ!!」

 球はミットに収まった。
 球速 148km/h。
 めいっぱいの力を振り絞った球だった。

 そして……

 審判が、右手を高く上げた。

「ストラーイク!! 三振ッ!!」

 球場全体が揺れた。
 騒音じゃない。
 “感動”そのものの揺れだった。

 レオはマウンドに倒れ込んだ。

 行かせてはいけない――
 でも、行かせてやらないといけない。

 そんな矛盾の中で、
 俺はレオを抱えるようにして立たせた。

「颯……最後まで……楽しかった」

 レオは微笑んだ。

「お前の……キャプテンらしい声、聞こえてたよ……ずっと」

 その瞬間、涙がこぼれた。


■ レオは交代。

しかし、勝負は終わっていない。

 残り三回。
 俺たちだけで戦う。

 レオがいないマウンド。
 でも不思議と、怖くなかった。

「颯、行くぞ」

「おう。
 レオが繋いだ試合……絶対に落とさない」


■ そして最終回――

 1―1のまま迎えた9回裏。
 ランナー二塁。
 俺の打席。

(レオのために――終わらせる)

 初球。
 見逃し。

 二球目。
 ファウル。

 三球目。
 甘い球が来た。

 振り抜いた。

 打球は左中間の深いところへ伸び――
 フェンス直撃。

「回れ!颯、回れェェッ!!」

 スタンドが揺れる。
 仲間の声が風のように吹き抜ける。

 俺は全力で走った。
 そして――

 ホームイン。

「サヨナラァァァ!!!」
「北泉高校ッ!! 甲子園出場決定ーー!!」

 球場が爆発した。
 涙、叫び、抱き合う仲間。
 その中心に、レオがいた。

 車椅子に乗せられながら、
 静かに笑っていた。


■ そして、レオの旅立ち

 甲子園出場を決めた翌日。
 レオは渡米した。

 空港にはチーム全員が揃った。
 監督も、マスコミも、記者もいた。

 レオは最後に俺の前に立つ。

「颯。
 本当に……ありがとう。
 俺の最後の夏を、最高の夏にしてくれた」

「バカ。
 帰ってきたら、また一緒に野球やるんだよ」

 レオは首を横に振る。

「ごめん。
 投げられないかもしれない。
 でも――」

 その先を言わず、俺に手を差し出した。

「お前と出会えて、よかった」

 握手を交わす。
 涙が止まらなかった。

 そしてレオは、振り返らずにゲートへ向かった。


■ エピローグ――さよなら、日本

 その後、レオは手術を受けた。
 結果は――

 投手への復帰は難しいが、打者としてなら可能。

 ニュースは世界中を駆け巡った。

 そして一年後、
 ひっそりと一本の記事が発表された。

〈レオ・マクレイン、日本での高校野球を経て、MLBと契約〉

 写真は、日本の空に手を伸ばすレオの後ろ姿。

 俺はその記事を読みながらつぶやいた。

「行けよ、レオ。
 お前なら世界のどこでも輝ける」

 窓の外では、夏の光が差し込んでいた。
 あの日のように。

 あの日、天才が現れたように。


――完。