【AI小説】現実のようなフィクション

フィクションでしか描けない“現実”がある。 小説を通して、社会と心のあいだを見つめていく創作ブログです。

『選挙AI、はじめました。』 ― 素人候補と仲間が挑んだ、3か月の奇跡 ―第6話「揺れる信念 ― 無所属という選択 ―」

朝の駅前は、冬の風が強かった。
 マイクを握る手がかじかみ、言葉が息に変わって白く漂う。
 それでも僕は立ち続けていた。通り過ぎる人たちの中に、昨日より一人でも立ち止まる人がいれば、それだけで意味があると思っていた。

 そんなある日、ひとつの封筒が届いた。差出人は「〇〇党・政策委員会」。
 薄い紙一枚。だがそこには、僕の半年間の活動を大きく変える提案が書かれていた。

 「正式に推薦を検討したい」

 その一文を見たとき、胸の奥に熱と重さが同時に落ちた。
 無所属で始めた活動に、政党の名がつく。
 “現実を動かす力”を持つということだ。


組織と理想のあいだで

 夜、事務所の照明だけが明るかった。
 机の上のノートパソコンから、AI《POLITY》の淡い青い光が漏れる。

 『推薦を受けた場合、当選確率は42%上昇します』

 機械の声はいつも通り冷静だった。
 「42%か……」と僕はつぶやいた。
 数字だけ見れば、悪くない話だ。だがその下に続く一行が、胸に引っかかった。

 『ただし、政策表現の一部を党方針に合わせて修正する必要があります』

 つまり、“自由に語れなくなる”ということだ。

 ドアを開けて真帆が入ってきた。コートを脱ぎながら僕の顔を覗き込む。
 「どうしたの? 難しい顔して」
 封筒を差し出すと、真帆はしばらく黙って読んだ。

 「……推薦?」
 「そう。党からの打診だ」
 「受けるの?」

 その問いにすぐ答えられなかった。

 「無所属のままだと、できることが限られる。現実を変えるには、力がいる」
 「でも、その“力”って、誰のためのもの?」
 真帆の声は静かだったが、目は真っすぐだった。
 「街のため、じゃないの?」

 その言葉が痛かった。
 僕は、どこまで自分の言葉を信じているのだろうか。


街の声とデータの声

 翌日、僕はAIの提案を見ながら街を歩いた。
 POLITYは、商店街で拾った会話の断片を自動で整理し、政策提案に変換していた。

 『行政手続き簡略化に関するモデル法案、過去提案例14件』
 『中小企業向け助成制度、該当支援金額推定2億円/年』

 どれも正確だ。だが、どこか冷たい。

 「数字じゃなくて、顔が見える政治をしたい」
 思わず呟いたとき、近くの八百屋の店主が声をかけてきた。
 「兄ちゃん、また演説やるんだろ? 頼むよ、助成金の書類、わけが分からなくてさ」

 笑って返しながら、僕は思った。
 AIはこの声を「サンプル」として分類するだろう。
 けれど僕にとっては、「生きた一人の願い」だ。

 その夜、POLITYが通知を出した。

 『政策案Bを修正しました。助成金手続き簡略化プランを統合します』

 AIは確かに有能だった。
 でも僕の中で、何かが静かにずれていくのを感じた。


決断の夜

 数日後、政党の担当者が事務所を訪れた。
 スーツの折り目が真っすぐで、笑顔がビジネスの匂いをまとっている。
 「我々の推薦を受ければ、広報体制も支援できます。
  ただし、政策表現の調整をお願いしたい。現実的な範囲でね」

 彼が置いていった書類には、赤い修正線がいくつも走っていた。
 “すべての人に居場所を”という僕の言葉の横に、
 「社会的弱者への支援強化」と赤字が書かれている。

 それは正しい表現かもしれない。
 けれど、あの夜、真帆と駅前で語り合った“理想”の音が、そこにはなかった。

 真帆が言った。
 「その文、あなたの声じゃない」
 「……分かってる。でも、現実には通さないと意味がない」
 「意味を作るのは、通すことじゃなくて、信じることじゃない?」

 言葉が詰まった。
 机の上のAIが、沈黙している。
 POLITYが何かを解析しているのか、青い光がゆっくり瞬いていた。

 『推薦を断る場合、勝率は34%に低下します』

 その声を聞いて、僕は笑った。
 数字が現実を語るわけじゃない。
 けれど、数字の重さを無視もできない。


再び、駅前へ

 翌朝。
 僕は無所属のまま、駅前に立った。
 真帆が隣にいて、いつものようにマイクを持ってくれる。
 冷たい風が頬を切る。だが、不思議と心は静かだった。

 「おはようございます。
  僕は、どの組織にも属していません。だからこそ、言えることがあります。
  誰かの利益ではなく、あなたの暮らしのために。
  誰かの声ではなく、あなたの声で、この街を動かしたい」

 マイクの先で、数人の人が足を止めた。
 真帆が小さくうなずく。
 その横で、POLITYがスマホの画面に一行だけ表示した。

 『分析不能:感情パラメータ過大。演説の影響値を計測できません。』

 僕は小さく笑った。
 「そうか。AIにも分からないものが、ようやく見えてきた」


光の中で

 夕暮れ、演説を終えた僕らのもとに、小学生くらいの子どもが近づいてきた。
 「さっきの話、かっこよかった!」
 その一言が、どんな支援よりも嬉しかった。

 真帆が笑って、僕の背中を軽く叩いた。
 「ねえ、数字じゃ測れないこと、いっぱいあるでしょ?」
 「……ああ、あるな」

 遠くで駅のチャイムが鳴る。
 街の明かりが灯り始め、人の流れが再び動き出す。

 僕は、もう一度マイクを握った。
 「今日も、あなたの声を聞かせてください」

 群衆の中から拍手が起こる。
 AIは何も言わなかった。
 ただ、画面の片隅に小さな文字が光っていた。

 『信念、継続中。』